アトピーに人生を台無しにされる!と感じた時に読む記事

アトピーの症状にはひとつの特徴があります。それは「良くなったり悪くなったり」を繰り返すと言うものですが、私の経験では、この「良くなったり悪くなったり」はとにかく厄介です。例えば進学や恋愛、また結婚や就職など、人生にはその後の生き方に影響を与えるようなイベントが訪れますが、このようなイベントに対してもこの「良くなったり悪くなったり」は全く容赦がありません。その結果、「私の人生はアトピーに台無しにされた・・・」と嘆く人は少なくありません。では、私達はこの「良くなったり悪くなったり」に対して成す術はないのでしょうか?黙ってアトピーに翻弄されるだけなのでしょうか?

人生をアトピーで台無しにさせない術

私の場合、30歳の時、アトピーが劇的に悪化した時期と栄転のタイミングが重なりました。で、結論から言うと、栄転の話は白紙になりました。既に辞令は出ていましたが、それも全て白紙。で、人事はイチからやり直し。(会社も後任者も大変だったと思います。)そして私は、京都のT病院で入院することになったのです。

さて、これは私の例ですが、これ以外にも結婚式や就職活動中の面接など、「このタイミングでは絶対アトピーに登場して欲しくない!」と言うシーンは必ずある筈です。そんな時はどうすればよいのでしょう?

実はアトピー時代、私は頑固なステロイド拒否患者でした。と言っても、元々最初からステロイドを拒否していた訳ではなく、脱ステの後に食らったリバウンドが原因で極端なステロイド拒否患者になったのですが、とにかく結果的にはステロイドを一切使うことなくアトピーを自力で完治させています。

と、このように書くと、いかにも理想的な治し方でアトピーを完治させたかのような印象を与えるかもしれませんが、私自身は必ずしもそのようには思っていません。と言うのも、当時の私には「急場をしのぐ」と言う現実的な感覚がまるで欠けていたからです。とにかくステロイドは悪魔の薬。従って、これを使うと廃人直行と思い込んでいたのですから。

余談になりますが、アトピーを治すにあたっては突飛なこと、極端なことは避けておく方が無難です。と言うか、そんなものは最初から必要ないんです。で、そんなことよりもっと大事なのは、あなたの人生です。あなたの人生が台無しになっては元も子もない。

では、どうすればいいのか?
もし今の私が当時(30歳時の私)と同じ局面に遭遇したら、医師と相談してステロイドの内服をすると思います。あくまで「急場をしのぐ」という意味で時を稼ぐのです。具体的に言うなら、劇的に悪化した症状をステロイドで一時的に改善させて難局を乗り切る。そして栄転します。アトピーごときに自分の人生を台無しにはさせない。

そんなことをすれば後が大変?ステロイドを内服するなんてとんでもない?
全然。だってそれは最初から「急場をしのぐ」ことを前提に使用しているのですから。急場をしのいだ後に、栄転した後に、普通の治療に戻せばいいだけの話ですから。それをしたからと言って、もう「一巻の終わり!」なんてことにはなりませんからね。と言うか、そもそもアトピーは「良くなったり悪くなったり」を繰り返す疾患なのですから。

同じ努力をするなら完治の方が絶対に良い

本音の話をしますね。
アトピーで人生を台無しにさせたくなかったら、それはもう本気でアトピーを治す以外に方法はないです。「治す」と言うのは「完治」と言う意味で、ちょっと症状が良くなった程度の話をしているのではありません。ちょっと耳の痛い話かもしれませんが、実は長い間アトピーを治せない人には共通点があります。(成人型の場合に限って。)それは調子の悪い時に落ち込み、必死で何かに取組んだりする反面、ちょっと調子が良くなると気を抜いてしまう。で、結局、努力が続かない。この繰り返しですね。延々と・・

実を言うと、アトピーを治すコツはこの逆。
つまり調子が悪い時ほど落ち込まず、調子が良い時ほど気を抜かない。これです。

私が思うに、アトピーと言う病気はきっちり治してしまわない限り、常に不安が付きまといます。
そして私が何より危惧しているのは、「良くなったり悪くなったり」を何度も繰り返していると、次第に「治そう!」と言う気力が萎えてしまうこと。これです。世の中にはいろんな価値観の人がいるので一概にそれが悪いとは言いませんが、「別に完治させなくてもアトピーとお付き合いする道もあるじゃないか」と言うのはすごく勿体ない気がします。

ある程度の年齢になって腰が痛いとか肩が凝る、と言うのは自分も仕方ない気がしますが、アトピーは治るのが分かっているのに、治さないのはとても勿体ない気がするのです。

アトピーは治してナンボ

「アトピーになったことに心から感謝しています。」
あるネットの克服体験談にこんなコメントが載っていました。でも正直、私にはこの感覚がありません。私は今でも「アトピーなんかになるんじゃなかった!」と本気で思っています。

アトピーが治って何が嬉しいかと言えば、やはり「かゆみ」が消えたこと。だって何だかんだ言っても、すべてはこの「かゆみ」から始まったのですから。

メルマガやブログで読者の方々とやり取りをしていると毎日、いろんなメールが着ます。あれは、30代半ばの女性からのメールでした。彼女は重症のアトピー患者で全国の病院を渡り歩き、入退院を繰り返していました。僅かな希望と絶望の間をさまよい、彼女はたったひとりでアトピーと戦っていたのです。定職に就けず派遣で食い繋ぎながら、まとまったお金ができるとすべてをアトピーにつぎ込んでいました。

彼女からのメールはほぼ毎日。そこには、彼女が歩んできた人生が綴られていました。
恋愛、仕事、家族・・・・・。彼女がアトピーのために失ったものは大きかったようです。
その一方、医療機関に対する不信感は凄かった・・・。確かに感情的な部分もありました。でも彼女の言い分には筋の通っていることが多く、私自身、共感できる点も多かったのです。

「その通りだ・・・」彼女のメールを読みながら、私は相槌を打っていました。男女の違いはあれ、彼女と私は性格的にも共通点が多かったようです。それは極端なくらい物事を「善」と「悪」のどちらかで判断する傾向が強いこと。 物事に白黒を付けず、グレーのままにしておくことが苦手な性格だったのです。そして「損得勘定」に疎いこと。この点でも私達には共通点がありました。

ある日、メールの中で彼女の医療機関に対する不満が爆発しました。れはもう、今までのタガが完全に外れたような勢いでした。アトピーが治らない理由を彼女の性格であるかのように言われたことへの不満でした。「あの医者の発言は間違っている!」「私のアトピーは性格とは関係ない!」
この時、私も過去に同じような経験があったことを思い出していました。

しかしこの時、私は自分の感情を押し殺し、敢えて俗物的なコメントを残しました。医療機関との付き合い方は「善悪」ではなく「損得」を前提にした方が良いと。アトピーを治すために、医療機関は上手に利用するのだと。

すると、彼女からのメールがピタッと途絶えました。「気に障ったのかな?」その後も、彼女からメールが来ることはありませんでした。それでも、不思議と後悔はありませんでした。

ところがある日、彼女から3年ぶりのメールが届いたのです。 少し緊張しながらメールを開いてみると、そこにはこんな風に記されていました。「飛鳥さん、私の人生に奇跡が起きました!」「私の体からアトピーが消えたのです!」「アトピーなんてもうこりごりですね。」

彼女のアトピーは消え、オーストラリアで1歳になる娘さんとご主人に囲まれて、幸せな生活を過ごしているとのこと。そしてメールの最後は、こんな風に締めくくられていました。「善悪に拘らなくなると、気持ちが凄く楽になります!」「それに子育ては善悪だけではできませんから。」

私は、彼女に逢ったことありません。また彼女がどうしてアトピーを治したのかもよく分かりませんでした。でもこの時は「そんなことどうでもいい」って感じになりました。

医療機関に対するアトピー患者の不信感はその背景にステロイドの問題が潜んでいるケースが圧倒的に多いですね。 でも医療機関に対して過度の不信感を抱くのはできる限り避けた方が良いって思うんです。それは医療機関のあり方を善悪の基準だけで計ると、自分がしんどくなるからです。そんな、「善悪」の感情なんてどうでもいい。それより元気で、より良く生きてゆくことの方がずっと大切って思います。アトピーで苦しむくらいなら、もっと他のことに目を向けている方が人生は有意義。結局、アトピーは治してナンボ。